【温泉雑感 -1- 】 功を焦りすぎると・・・

温泉地や温泉施設から調査業務についての問い合わせをいただきます。調査内容は様々ですが、どんな調査でも依頼主にとって満足できる良い結果が必ず保証されているわけではありません。しかし、依頼する側としては「良い結果が出る」ことを前提に問い合わせをされてくる場合がほとんどです。とくに端的に示されるのは広告代理店からの問い合わせです。たいてい、「ウチのクライアントのある温泉施設が…」という話ですが、温泉地名、施設名は必ず伏せられた上で、「こういう結果を出してもらうことを希望している。可能であるなら費用はいくらか」と単刀直入に聞いてきます。平たく言えば、「クライアントが希望する台本に沿って結果を作ってくれるのなら、お金はいくらでも出しますよ」、ということなのでしょう。

私たちは温泉研究所とは名乗っていても、国でも大学でもない一介の株式会社です。どんな商売であれ、お金をたくさん使ってくれるお客様はどこでも大歓迎です。しかし、こちらも素人ではありませんから、先様のご要望に沿う結果が出そうか、出ないかは、話の向きで瞬時に判別できます。ストーリーに沿った結果が出ないことが丸見な無理筋の案件であれば、安易に引き受けることはできません。とくに温泉の効果効能や質に絡む話は慎重でなければなりません。当所がお引き受け可能な調査内容であれば前向きに取り組みますが、同時に、調査は客観的なものであり、必ずしも期待通りとなる保証はなく、リスクもありますよ、とお伝えします。すると、お問い合わせいただいた案件のうち九分九厘は、ものの数分の電話のやりとりで立ち消えになります。株式会社的には困りものですが、道義的にはそれでよいのです。

いま、STAP細胞に関する騒動がピークを迎えています。新聞報道では総じて当事者の旗色は悪い方向で書かれています。私たちとは分野は違いますし、知識も持ち合わせていないので内容面での論評はできませんが、ただ、一つだけ私たちにもはっきり垣間見えたことがあります。それは、プロセスを疎かにして、結果だけを拙速に求めすぎたのではないか、という疑問点です。

これと同じことは、最近、温泉の世界でも見受けられます。温泉の看板を掲げている事業者や研究者にとって、その効果・効能を強調できる何かの発見や実証は、究極の夢です。しかし、その背景やプロセスに対して十分な認識や検証がないまま、安易(あるいは無理やり)に結論へと直結させている例が散見されます。なかには大学教授とか名誉教授という肩書でお墨付きがついていたりもする例も多々見られます。内容が正しければいいのですが、明らかに間違った内容が権威によって保証されているのは、いったいどうしたことでしょう。
考えられる理由として、
1.認識不足、あるいは確認不足による単なる間違い
2.何らかの理由で、無理やり成果を創出しなければならなかった
3.権威付けの飾りとなる手柄を増やしたかった
こんなところでしょうか。

STAP細胞の話や作曲家のゴーストライター騒動など、プロとしての心構えを思い違えている人が権威への信頼を失墜させ、社会における性善性の部分を揺るがしています。一般人にとって理解が難しい内容であればあるほど、権威(その道のプロ)を信じるしかないのです。こうした事態を垣間見るにつれ、独り善がりに走らず、功を焦らず、ひろく社会を見据えた取り組みが必要であることを痛感させられます。とくに私たちは、社会性を重視しています。温泉と社会の結びつきの中で、おかしなこと、気づいたことがあれば、見て見ぬふりをするのではなく、積極的に関与していくべきだと考えています。