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2014年3月20日

 

温泉の酸化還元電位 (ORP) マイナスの誤謬

温泉の酸化還元電位は、ある程度の温泉科学に対する知識と当該温泉の温泉分析書ほかの情報があれば、その数値から温泉の素性を端的に把握したり、類推したりすることができる、簡便かつ有効な手段です。しかし、だからといって酸化還元電位の情報のみで温泉についての「何か」を特定できるわけではありません。

最近の水素水ブームにより酸化還元電位はよりポピュラーな指標になりつつあります。インターネット上には安価な酸化還元電位計(性能は別として)も出回っていて、温泉マニアの方がその数値をインターネットで報告したり、温泉施設でも「ウチの温泉は酸化還元電位がマイナス〇〇ミリボルト」といった趣旨の宣伝文句も多く見られるようになりました。 ただ、それらを目にするたび、気になることがあります。細かな点は多々ありますが、大まかな要点で言えば、数値至上主義に走ったり、「酸化還元電位がマイナスなので効果がある」といった趣旨の内容に収斂 されるでしょう。さらに、「全国に類を見ない屈指の酸化還元電位である」とか「酸化還元電位が低いのでアンチエイジングに効く」といった文言が付随するのですが、酸化還元電位以外の説明もなく安易に結果を直結させている情報を見かけると、ただ困惑するしかなくなります。

温泉の酸化還元電位は、溶存成分とその状態を反映した結果が示されるので、泉質と成分の組み合わせによりおおむね決定されているといっても過言ではありません。 それは温泉個々が持つ個性を映し出す鏡であるともいえますが、A温泉とB温泉を比較して優劣を判定するものではなく、することもできません。よって、酸化還元電位がマイナスであれば、ただそれだけで「凄い」わけでも「効果がある」と言い切れるわけでもないのですが、酸化還元電位は数値で示されることから、どうしてもマイナスの方が卓越しているという議論になりがちです。 しかも、その数値論には大きな陥穽が潜んでいます。それは酸化還元電位の定義です。

酸化還元電位とは、水素ガス分圧が1気圧、水素イオンの活量が1の時、電極の電位を0ボルトと定義されるものです。この時、使用されるべき電極を「標準水素電極」と言います。ところが、水素電極は水素ガスを飽和させながら測定する必要があるので、設備が整った実験室でもない限り測定は困難です。そこでもっと簡便に測定するため、代用となる電極により測定することが普及しています。それにはいくつかの種類があり、昔は塩化第一水銀を使ったカロメル電極(甘こう電極)が一般的でしたが、現在は、3.33mol/L (0℃=飽和濃度) の塩化カリウムを内部液とした銀/塩化銀電極が主流となっています。この場合、測定値は「標準水素電極」で測定した場合とは大きく異なり、 測定対象の温度にもよりますが、おおむね200ミリボルトの差がでます。ということは、市販されている一般的な酸化還元電位計で測定し、マイナス100ミリボルトと表示された場合、実際の酸化還元電位の定義(標準電極電位の値)に置き換えると、実際はプラス100ミリボルトになるということです(標準電極電位への換算は用いる電極により異なります)。ここに、大きな陥穽があるのです。

本来、酸化還元電位の値を明示する時は、標準電極電位に置き換えた値とするか、そうでない場合は測定した電極の種類を明示すべきです。このことを知ってか、知らずか、おそらく知らない方が圧倒的に多いと思われます。 あるいは聞いたことがあると薄々知ってはいても無頓着でいるためか、銀/塩化銀電極による測定値がそのまま流通していると思われます。ですから、マイナスと謳われている情報は、酸化還元電位の定義に即せばプラスとなるケースが大半といっても過言ではありません。

このことは水素水の宣伝文句にも顕著に見られます。水素水の場合、本来であれば水素ガス(H
2)の溶存濃度が重要ですが、酸化還元電位の方が簡単に確認できるため、「酸化還元電位がマイナス〇〇ミリボルト!」と謳われていたりします。しかし、ここで表示されている値はやはり銀/塩化銀電極で測定した値がそのまま使われています。理由としては、その方が値を低く、優位に見せることができるので、宣伝文句として使うには最適だからです。しかし、これはまじめに酸化還元電位に取り組んでいる側としては、こうした情報の流布はまったく迷惑な話です。良心的な水素水の業者は、この点についての説明をきちんと行っていたりしますが、インパクトのある数値優先の宣伝合戦の中で正しい主張をしても 、青臭い学生の書生論にしか見なされません。また、一般人に理解してもらうことも難しい。その点、数字の方がわかりやすいことから、まさに「悪貨が良貨を駆逐する」状態が全盛となっています。この傾向は温泉にも当てはまりつつあります。しかも、こうした誤謬を犯していることに気づかず、「科学的に」といった枕詞まで意図的に付加 して強調されているケースには、目を覆しかなくなります。

このほかにも、酸化還元電位はpHによっても持つ意味が異ることも知っておく必要があります。同じ電位でも、アルカリに傾くほど還元性は低く(弱く)なります。たとえば、「酸化還元電位はマイナス150ミリボルトで、極めて還元力が強い」と宣伝されていたとしても、本来の酸化還元電位の定義ではプラス50ミリボルトになり、しかも泉質がアルカリ性の場合であれば、「極めて還元力が強い」と謳うことも困難です。

また、「全国に類を見ない屈指の酸化還元電位である」といった宣伝文句についても、示されている値が正しかったとしても屈指と言える値ではないことが多く、「酸化還元電位が低いのでアンチエイジングに効く」という文句についても、アンチエイジングに効くなんらかのメカニズム の可能性が酸化還元電位によって示唆されるのであって、酸化還元電位さえ低ければアンチエイジングにつながるわけではないのです。 重要なのは酸化還元電位ではなく、メカニズムです。

以上のことから、酸化還元電位のマイナス数値には虚構も多分に隠されていることがわかります。正しい知識と解釈もないまま、ただ独善的な解釈による数値論や優位論だけが強調されて、話題を先行させる事態は混乱を招くばかりで、社会的 にも弊害が大きいと言えるでしょう。温泉をめぐっては、酸化還元電位の他にも事実誤認と思われる事案があり、いずれ一つひとつ整理していきたいと考えています。

2014.03.20

日本温泉総合研究所